日本三古湯のひとつ道後温泉旅行記
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日本三古湯のひとつに数えられる、愛媛県松山市にある 道後温泉へ旅行してきました♨️ 約 3000 年の歴史を誇る道後温泉は日本最古ともいわれる温泉で、そのシンボルである「道後温泉本館」は公衆浴場で初めて国の重要文化財にも指定されています。周辺には温泉街が広がり、連日多くの観光客で賑わいます。
そんな、人生のうちに一度は訪れてみたい有名温泉地である道後温泉を訪れ、温泉街を巡ったり、周辺の観光スポットをうろうろと歩いたりしてきました。
松山の繁華街・大街道から伊予鉄道の路面電車に揺られてやってきたのは、なんだかレトロな外観をした 道後温泉駅。道後温泉の玄関口となる駅で、駅舎は明治時代に建築された旧駅舎を復元したものだそう。建物自体はそれほど大きなものではありませんが、洋風の佇まいと数分おきにやってくる列車の多さや観光客の多さによって大きな存在感を放っています。
駅舎内には スターバックスコーヒー道後温泉駅舎店 が入居し、温泉街を巡った後や路面電車に乗る前にホッと一息つくことができるようになっています。2 階にも席があるようで、駅舎内にあるということから枕木とレールで作ったテーブルが配置されているなど、旅行で訪れた人に向けた演出がされているのだとか。
道後温泉が位置する松山は、かの有名な文豪・夏目漱石が自身の体験をもとに描いた小説『坊っちゃん』の舞台になっていると言われていて、その作品名が付けられた「坊っちゃん列車」という名前の列車が、駅前にて道後温泉を訪れた観光客を出迎えていました。
この「坊っちゃん列車」は、かつて松山市内を走っていた蒸気機関車をディーゼル機関車で復元したもの。夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中にも明治時代に松山の街を走っていた蒸気機関車が登場し、その影響から「坊っちゃん列車」という名前で呼ばれていたそうです。
駅の正面に見えるのは、特徴的な字体の「道後」の看板を掲げた「道後商店街」という商店街。愛称は「道後ハイカラ通り」だそうで、アーケードの入口には色鮮やかな陣幕と提灯が飾られていました。
こちらは 蜷川実花 さんというアーティストの方と、クリエイティブチーム EiM を招いて行われているアートプロジェクト「蜷川実花 with EiM × 道後温泉 DOGO ART」の作品のひとつだそうで、この「提灯ゲート」の他にも道後温泉内の様々な場所がアートによって彩られていました。日本最古ともいわれる歴史ある温泉地と現代のアートとの融合に不自然さは全く無く、まるで昔からそうであったかのように思えます。
アートに出迎えられつつ、商店街の中へと入っていきます。訪れたのが土曜日の 13 時ごろだったのですが、温泉宿へ行く前に温泉街を散策しようという人が多いのか(私もそうですが)多くの観光客で賑わっていました。通り沿いには飲食店や土産物店など観光客向けのお店が軒を連ね、どのお店も多くのお客さんで大盛況。
もともと道後温泉の観光は翌日にしようと考えていたので、下見のつもりでうろうろと散策。あの有名な蛇口からみかんジュースが出てくる愛媛ならではのお店に目を奪われたり、美味しそうな食べ歩きグルメに誘惑されたり、土産物店のお姉さんに出汁の試飲を勧められてそのまま買ってしまいそうになったり。
あとは大阪の グランフロント大阪 にも店舗がある今治タオルのお店「伊織」さんの本店に立ち寄って、愛媛限定の「ミカンの花」柄のハンカチが可愛くて買ってしまったり(本店限定の柄はちょっとピンク過ぎて男の私には手に取りづらかった)と、下見と言いつつ結構満喫してしまいました。
アーケードの下をうろうろとしている間に、外は土砂降りの大雨に。人通りの多かった商店街は、雨を凌ぐために駆け込んできた人々でより一層混雑してきました。私も雨に濡れたくないので、屋根のある商店街の端から端までを行ったり来たりして 2 時間ほど過ごし、15 時過ぎに今回宿泊するホテルの送迎バスがやってきたので一旦道後温泉を後にしました。
今回宿泊したのは「奥道後 壱湯の守」という、奥道後温泉にある大きな温泉宿。道後温泉旅行と言いつつ、道後温泉の宿には泊まらず奥道後温泉で宿泊というのはどうなんだという気もしないでもないですが、道後温泉の観光案内所で貰った地図にもイラスト付きで載っているホテルだから許してほしい…。
先日の投稿でも触れましたが、今回の愛媛旅行は「人生初の夜行バス乗車をしてみよう!」というところから始まっていて、前日の夜は寝たような寝てないような…という状態。到着したこの日は絶対に疲れているだろうと考え、メインの観光は翌日にすることにして、始発の送迎バスでとっとと宿へ向かい温泉でゆっくりして早めに寝ようという予定を立てていました。
ホテルに到着して驚いたのは、その規模の大きさ。石手川という川に沿うように建てられた建物は地下 1 階から 7 階まであり、客室数は 150 以上(フロアマップを見ながら数を数えたのが間違っていなければ)。建物の構造もちょっと面白くて、入口やフロントが 5 階にあり、それより下のフロアは渓谷のようになっている川が流れている側に窓があって道路よりも低いところにあるけれど地下ではない…みたいな感じになっていました。
道後温泉駅を出発する最初の送迎バスでやってきたので、到着した時点では「思っていたよりも結構人がいるな~」程度だったのですが、フロントでチェックインをする際に話を聞くと、この後バスが何台もやってくるとのこと。しばらくしてからフロント近くを通ると、海外から来たと思われる団体客が集まっていました。ツアーとかで日本へやってきた方々なんですかね?
最上階のお部屋に荷物を置いたら、さっそく大浴場へ。温泉旅行のメインといえば、やっぱり温泉。混雑する前に行っちゃおうということで、部屋に備え付けられたカゴにタオルやらを詰め込んで大浴場「翠明の湯」へと向かいます。窓から川沿いの景色を眺めることができる長い連絡通路を歩いていくと、そこに広がるのは驚くほど広い大露天風呂。その広さは約 1,508㎡ もあるそうで、その規模は西日本最大級だそうです。
まずは屋内の内風呂で頭や身体を洗い、私の他には親子 2 人組しかいない空間でゆっくりお湯に浸かった後、先ほどまで土砂降りだった雨が一時的に降り止んでいたので露天風呂へ。実は今まで気が付かなかっただけで、超絶晴れ男だったりするかもしれん。
そんなことを思いつつ、めちゃくちゃ広くて種類も色々あって、まだ早めの時間だからか比較的空いていた露天風呂を大満喫。翌朝も行きましたが、外のひんやりとした空気と熱い温泉の組み合わせがとても気持ちが良かったです。温泉、最高すぎる…。夜中に足が攣ったり、朝起きたら首や肩が寝違えたみたいに痛かったけど…。
温泉上がりに館内を探検しつつ、売店で道後サイダーなる瓶入りのサイダーを購入。財布を持ってきていなかったのですが、部屋付けにできるということだったのでそちらでお願いしました。湯に浸かって熱く火照った身体に冷たくて甘くてシュワシュワなサイダーがめっちゃ心地良かったです。
めっちゃ余談ですが、チェックインのときに「入湯税は現金での支払い」と聞いていたのですが、売店で購入したものとまとめての支払いになったためか全部まとめてクレジットカードでの支払いができて助かりました。
夕食と朝食はビュッフェ形式。こちらもめちゃくちゃ広いレストランでしたが、それ以上に人の数がとんでもなかったです。バイキングとかビュッフェとかが下手くそな人種なので結構苦労しましたが、とりあえず「愛媛県産の~」とか書いてあるものを中心に色々いただきました。鯛めし(炊き込みのやつ)が美味しかったです。
朝は 9 時過ぎにチェックアウトし、10 時の送迎バスの時間まで周辺を散策。フロントで地図をいただいて「湧ヶ淵」とやらを散策…しようと思ったのですが、どことなく廃墟感の漂う空間が広がっていて、結構草木がもしゃもしゃしていて虫も多そうだったので速攻で引き返しました。
送迎バスに揺られながら、奥道後温泉を後にし昨日ぶりの道後温泉へ。旅行前に見た天気予報では、前日もこの日も雨の予報となっていたのですが、当日の天気は雲が多めではあるものの隙間からは青空が見え「晴れ」と言ってもいいくらいのものでした。
道後ハイカラ通りの入口横では、夏目漱石の小説『坊っちゃん』の登場人物を模した人形がくるくると動くカラクリ時計がお出迎え。土日祝日には 30 分ごと(平日は 1 時間ごと)に動くようになっていて、時間になるとからくり時計本体が音楽に合わせてググッとせり上がり、中から現れた人形が道後温泉の案内をしてくれます。
そんな「坊っちゃんカラクリ時計」の裏、道後ハイカラ通り入口の右側角にあるのが道後温泉の観光案内所。全国の観光地には大抵存在していると思われる観光案内所ですが、スマホひとつで様々な情報にアクセスできる現代では利用する人も少ないのではないでしょうか。
事前に行きたいスポットを調べて、旅のしおりなんかを用意して巡るのも楽しいですが、現地に住む人から話を聞いてその土地を巡るのもまた楽しいもの。というわけで、まず最初に観光案内所へとやってきました。
ちょっぴりごちゃごちゃとした雰囲気の建物内には、道後温泉や松山の観光パンフレットがたくさん並んでいますが、それよりも目を引くのが入って正面にある温泉むすめ「道後泉海」ちゃんの大きなパネル。温泉むすめ は日本全国の温泉地をモチーフにしたキャラクターで、その中で道後温泉を担当するのが道後泉海という女の子です。道後温泉観光親善大使にも 任命されている らしい…。
せっかくなので、旅の思い出に道後泉海ちゃんのアクリルキーホルダー(900 円)を購入しました。今後も全国の温泉地を訪れることはあると思うので、こういうグッズを集めていくのも楽しそうですね。
今回、観光案内所を訪れたのは道後泉海ちゃんのアクキーを買うため…ではなく、観光案内所のスタッフの方に道後温泉周辺を案内してもらうため。実は前日にこの観光案内所を訪れた際に、スタッフの方から「無料で道後温泉の案内をやってるんですよ~」と教えていただいていて、ぜひ案内してもらいたいと考えたからでした。
というわけで、アクキー購入ついでに「案内していただきたいんですけど…」と伝え、ちょうど観光案内所を出発するところだったグループに混ぜていただくことに。
まずやってきたのは「道後温泉第 4 分湯場」という場所。道後温泉にはいくつもの源泉があり、そこから汲み上げられた温泉は「分湯場」という施設に集められます。源泉のお湯はそれぞれ温度が異なるため、それらを良い感じに掛け合わせることでちょうど良い温度になるようにしているのだそう。分湯場で調節されたお湯は、この後向かう道後温泉本館や公衆浴場、ホテルなどに送られます。
かつては旅館やホテル内に温泉(内湯)が無い施設ばかりで、宿泊客には「外のお風呂(外湯)へ行ってください」と施設外にあるお風呂を利用してもらうスタイルでした。そうした中で愛媛県が国民体育大会(国体)の会場となり、道後温泉本館と椿の湯しかない中で「外のお湯に行って」と言われたことから道後温泉の評判が悪くなってしまったのだとか。
その悪評を払拭すべく、ボーリングにより新たに温泉を掘ることになり、それから内湯のある旅館やホテルが増えていったのだそう。こうした経緯から、道後温泉をうろうろと歩いていると内湯があることをアピールするべく入口に「内湯」の看板を掲げている宿も見られました。
道後温泉第 4 分湯場の南側には伊予鉄道の道後温泉駅とそこから西へと伸びる行き止まりの線路があり、ちょうど坊っちゃん列車が道後温泉駅へとやってきたタイミングでした。前の日にも見た坊っちゃん列車ですが、駅前に飾られているだけでなく土日祝日にはお客さんを乗せて松山市内を走っているのだそう。
お客さんを降ろした後、道後温泉第 4 分湯場の南側にある線路上で車両を牽引するディーゼル機関車の方向転換が行われていたのですが、列車を運転されている方が 2 人がかりで押して車両を回転させていたり、客車を手で押して移動させていたりと、中々見ることのできない場面を目の前で見ることができました。
道後温泉駅から道路を挟んだ向かい側には 伊予銀行・愛媛銀行・愛媛信用金庫 の支店があり、昔は建物の屋上に大きな看板があったのだけれど、温泉街の景観保全のために撤去したんだよ~というような話を聞きつつ、商店街の中へ。午前中ということでまだ比較的人通りの少ないアーケードの下を歩きながら、通り沿いにあるお店についての話を聞きます。
みかんジュースが蛇口から出てくる有名なお店があるだとか、ここは愛媛の名物の鯛めしがいただけるお店ですよだとか。松山の伝統的なお菓子である「タルト」を扱うお店の前を通りかかった際には、六時屋 は社長が曲がったことが嫌いで時計の針が真っすぐになる六時を名前にしたという話や、一六本舗 は創業年の明治 16 年にちなんだ名前になっているという話がありました。
アーケード商店街の角にあるローソンの看板は夜になるとライトがつくけれど、最初の「L」の字はツバメの巣があるから夜には「AWSON」になる、というような、ひとりで観光していたら絶対に知ることができなかったであろうエピソードが次から次へと出てきて非常に楽しかったです。
そんなローソンから少し西へ進んだところにあるのが 椿の湯 と 飛鳥乃湯泉 という温泉。道路と建物に囲まれた中庭は色鮮やかなアートによって彩られており、こちらも道後ハイカラ通りの入口にあった「提灯ゲート」と同じく「蜷川実花 with EiM × 道後温泉 DOGO ART」の作品のひとつです。
建物の外観自体は落ち着いた雰囲気ですが、中はお風呂が 砥部焼 だったり、今治タオルで松山市の花である椿を表現したりと結構凝ったものになっているとのこと。
再びアーケード商店街へと戻り、土産物店が並ぶ屋根の下を東へ歩いていくと、正面に現れたのはこの道後温泉のシンボルである 道後温泉本館。日本最古ともいわれる温泉の中でも非常に歴史のある施設で、平成 6 年(1994 年)には公衆浴場で初めて国の重要文化財に指定されています。
現在の建物は 1894 年に建てられたもので、その後何度も増築や改築を繰り返してきたのだそう。商店街を抜けた先に見える、建物の西側が表玄関っぽい雰囲気を出していますが、明治時代の創業時の玄関はこちらではなく建物の北側。屋根の上に突き出た 振鷺閣 の白鷺のオブジェが北を向いているのもこのためです。
振鷺閣の上にある白鷺は、道後温泉の歴史に由来します。昔、足に傷を負った一羽の白鷺が、毎日飛んできては岩間から噴出する湯に足を浸していたところ、傷が完全に癒えてその後元気に飛び去っていきました。これを見た人々が不思議に思い、白鷺を真似て湯に浸かってみると疲労は回復し、病人もいつの間にか全快。これが道後温泉の始まりとなった…というのが「白鷺の伝説」だそう。
白鷺の姿は振鷺閣の上以外の場所でも見ることができ、建物を囲む柵の上には小さな白鷺が連なって設置されていたり、玄関の明かりと壁面を繋ぐ部分が白鷺の形をしていたり。建物の 3 階には「しらさぎの間」というお部屋もあるそうです。
ちなみに現在の玄関はどこか別の場所にあった建物から持ってきたものらしいのですが、どこから持ってきたのかというのは不明らしい。めちゃくちゃ立派な見た目なのに一体どこから出てきたのか分からないの、あまりにも謎すぎる…。
ぐるりと移動して道後温泉本館の北側へ。2 階と 3 階部分の障子には「提灯ゲート」や飛鳥乃湯泉の中庭などと同様に色鮮やかなアートによって彩られていました。その手前側、手すりのようになっているところの木製の柵は渦巻き模様に彫られていて、これは全部手作りで同じものはひとつもないのだそう。
見上げていた視線を下へと戻すと、建物の隣に鎮座していたのはなにやら丸っこい石。こちらは「玉の石」という石で、むかし 大国主命 と 少彦名命 が道後温泉を訪れた際に、病に倒れた少彦名命を道後の湯に浸したところたちまち元気になり、この玉の石の上で踊ったとされています。
玉の石の隣では湯が湧き出ており、柄杓で湯をすくって玉の石にかけてお祈りをすると願いが叶うと言われているのだそう。せっかくなので私もお湯をかけてお祈りをさせていただきました。何を願ったか覚えてなさすぎるけど、たぶん健康とかそんな感じのことを考えていたと思う…。
道後温泉本館の東側にやってくると、こちらにも立派な玄関が姿を現します。東側にあるのは 又新殿・霊の湯 棟で、日本で唯一となる皇室専用浴室がある建物。門には「御成門」という看板が立てられていて、皇室の方が訪問されるときにしか開かないそうです。
建物内には天皇のみが利用できる「玉座の間」という部屋があったり、金箔や絵など装飾が施された豪華絢爛な空間が広がっていたり。庶民には刺激が強すぎて逆に落ち着かなさそうですね…。汚したらどうしよう!とか考えちゃいそう。
道路を渡り、南東方向へ続く細い道の手前に設置されているのは、夏目漱石の小説『坊っちゃん』の直筆原稿の最初の部分が彫られた「漱石坊っちゃん之碑」です。実際に夏目漱石が書いた文字がそのまま黒い石碑に彫られているのですが、よく見ると名前の部分の「漱」の字がさんずいではなく「嗽」というくちへんの字になっているんだよ、ということを教えてもらいました。
また、石碑を触ってみてと言われ触ってみると、作品名や作者名が書かれた右側から左側へと向かうにつれて文字の彫りの深さが浅くなっていました。この石碑に彫られているのは冒頭の部分だけで、この後にはまだまだ文章が続いていくよ、ということを表しているとのことなのですが、一体触ってみようという人がどれだけいるのか…。ひとりで訪れていたら絶対に触っていないし、そもそも触っていいのか?となってしまうと思うので、こうして案内してもらっているからこそ知ることができたことだなと思いました。
石碑のある場所から細い道へと入り、宿が並ぶ通りを歩いていきます。歴史がありそうな木造の旅館の角から脇道へと入り、緩やかな坂道を上っていくと見えてくるのが「圓満寺」というお寺。812 年の建立とされる古いお寺で、本堂の手前にある仏堂には大きな白塗りの地蔵尊があります。
仏堂の横にはロープのようなものが吊るされていて、そこに道後温泉の湯玉をモチーフにした「お結び玉」という丸いお守りがたくさんくくり付けられていました。その色鮮やかで可愛らしい見た目から、インスタグラムなどではフォトスポットとして人気らしく、多くの人が記念撮影をしようと立ち寄っていくのだそう。
そんな白塗りの地蔵尊とカラフルな「お結び玉祈願」の仏堂が有名な圓満寺ですが、仏堂の横を通って奥へと進むと見えてくる本堂のそばに可愛らしい見た目のお地蔵様がいらっしゃいました。こちらは「わらべ地蔵尊」というそうで、子どもたちが元気で正しく育ってくれるようにという願いと、悲しくも親よりも先に旅立った子どもたちを弔うためにと建立されたものとのこと。
お地蔵様の隣には柄杓と水が湧き出る場所があり、水を手向けると清められた水が下の 水琴窟 へと落ち、耳を澄ますと美しい音色を聞くことができます。私たちが訪れたときにはお地蔵様は全く濡れておらず、ガイドをしてくださっていた方も「みんな知らないから誰も水をかけないんだよね」と話していました。
再び元の道へと戻り、通り沿いの「ウラ道後」なる派手な外観の射的場の前を通ったり、坂道を上っている最中にテレビ番組「プレバト!!」に出演する俳人・夏井いつき氏が開いている「伊月庵」という句会場の前を通ったり、踊りながら念仏を唱える「踊り念仏」を広めたことで知られる時宗の開祖・一遍上人の生誕地という 宝厳寺 というお寺を訪れたり。
そこから木々が生い茂る道を抜けると、たどり着いたのが 伊佐爾波神社 という神社です。長い石段の上にある神社ですが、圓満寺や宝厳寺を通っていくルートだと緩やかな坂道を徐々に上っていく感じになるので、遠回りにはなるものの石段を前に絶望することなく訪れることができるのでオススメのルートらしい。
石段の上からは、道後温泉駅まで道が真っすぐ続いているのが見えて景色も最高。でもたしかに石段の下から見上げたら「これを上るのか…」と心がしんどくなりそう。
創建時期は不明であるものの、清和天皇の時代(858~876 年)に道後に八社八幡宮を建立した中の一社で、神功皇后・仲哀天皇御来湯の際の行宮跡に建てられたとされています。当初は道後公園の山麓にあったものの、湯月城築城に際して現在の場所へと遷ったのだそう。
建物には渦巻きなど水に関係する名前が付けられた模様があちこちに見られ、これは木造建築ばかりだった昔の時代に大きな被害をもたらす火災を遠ざけることを願ったものなのだとか。現在でも火事というのは非常に怖いものですが、鉄筋コンクリート造の建物が並ぶ現代よりも木造の建物ばかりが並ぶ昔のほうが絶対に怖いでしょう。そう考えると、信仰の場所に、火災を遠ざけようと水に関する模様や名前を取り入れようとした昔の人々の気持ちも分かる気がします。
伊佐爾波神社の石段を下り、最後にやってきたのは「空の散歩道」という場所。道後温泉本館の南側にそびえる冠山の上にあり、道後温泉の景色を高いところから眺めながら足湯に浸かってリラックスできるというなんとも贅沢なビュースポットです。
この場所を訪れたのは、ちょうど 12 時になるタイミング。12 時になると、道後温泉本館の屋根から突き出た振鷺閣で刻を知らせる「刻太鼓」を叩くそうで、その様子をちょうど同じくらいの高さから見ることができます。
ガイドの方と一緒に手を振ると、太鼓の前に待機していた方が手を振り返してくれ、その後ドン…ドン…と太鼓の音を温泉街に響かせていました。12 時には太鼓を 12 回叩くそうで、叩く間隔は結構長め。最後の 11 回目と 12 回目のみドンドンと 2 連続で叩きます。道後温泉をぐるりと周り、狙ったかのようにちょうど刻太鼓のタイミングで本館の南側に到着したのが、あまりにもプロすぎて恐れ慄いてました。
日本三古湯のひとつに数えられる道後温泉へ行ってきましたが、温泉が気持ちよかったのはもちろんのこと、歴史ある道後温泉本館の建物を見ることができたり、賑やかな温泉街や商店街を歩いたりできて非常に楽しかったです。事前の天気予報では 2 日とも雨となっていたのですが、梅雨の時期にも関わらずなんとかほとんど雨に濡れることなく観光できて本当に良かったです。
また、観光案内所の方に道後温泉周辺を案内していただいたのが大正解だったなという感じでした。2 時間近くつきっきりで案内していただいたのですが、トークも面白くて勉強にもなるしで大満足。本当にありがとうございました。
次に道後温泉を訪れる機会があれば、そのときは道後温泉本館でお風呂に入ったり、お腹の空き具合の関係で取捨選択せざるを得なくて食べることができなかったグルメを食べ歩きしたりしてみたいです。